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今回は人気カーリングチーム、ロコ・ソラーレの石崎琴美(いしざきことみ)さんの知られざる一面についてご紹介していきたいと思います。

リザーブ・フィフスという立場上、なかなかスポットが当たりにくい存在ではありますが、重要な役割を果たしておりロコ・ソラーレの北京オリンピックでの銀メダル獲得を支えた立役者でもあります。

また、実はカーリングには黎明期から携わり、北京五輪よりも前に2度のオリンピックを経験している大ベテランなんです!

では、石崎琴美の家族!若い頃からかわいい!身長・体重や血液型等のwikiプロフィール!と題し、石崎琴美さんについて詳しく解説していきます。

ぜひ最後までお付き合いください。

石崎琴美の家族

石崎琴美さんのご家族についての情報は見つけることができませんでした。

石崎琴美さんは小学校以降、北海道の帯広市で過ごされています。ご両親をはじめご家族は現在も帯広市にお住まいではないかという想像は可能かと思いますが…

石崎琴美さんがカーリングを始めるのは高校卒業後のこと。ですから、幼少期から家族でカーリングに触れていた他のロコ・ソラーレのメンバーとは違い、石崎琴美さんのご家族はカーリングとは無縁のようです。

父親はサッカーをされていたという情報もありましたが、確認は取れませんでした。

石崎琴美の若い頃からかわいい

現在では大ベテランの風格がある石崎琴美さん、若い頃がどうだったのか気になる方も多いようですね。

2010年バンクーバー五輪時の写真がこちら。左が石崎琴美さん、真ん中は本橋麻里さんですね。

そして、ちょっとわかりにくですが、チーム青森がバンクーバー五輪の代表を勝ち取った試合の動画です。長い髪を後ろで束ねているのが石崎琴美さんです。

また、実は2010年、十勝毎日新聞による写真をメインにした特集記事が作られたようで、当時の記事をブログで紹介されている方がいらっしゃいました。

なんと石崎琴美さんの高校当時、バレーボール部で活躍されている時の写真も!

興味がある方はぜひチェックしてみてくださいね。素朴な感じのかわいらしさを見ていただけるかと思います。

そして、こちらは2015年、世界ミックスカーリング選手権に日本代表として出場された時の写真です。背が高いせいか、存在感がありますよね。

石崎琴美の身長・体重や血液型等のwikiプロフィール

石崎琴美の身長

石崎琴美さんの身長は167cmです。

ロコ・ソラーレ公式プロフィールで知ることができます。

チーム内では157cmの吉田知那美さんを上回る一番の高身長です。

石崎琴美の体重

石崎琴美さんの直近の体重についてはよくわかりませんが、バンクーバー五輪時(2010年)のプロフィールには54kgと記載がありました。

10年以上前のデータなので、参考にはならないかも?

とはいえ、メディカルフィットネスC-Linkで日々体のケアをされているようですから、現在もスリムなアスリート体型なのは間違いなさそうです。

石崎琴美の血液型

石崎琴美さんの血液型については公式プロフィールに記載がありません

血液型情報サイトなどではB型だとされていますが、確認はできませんでした。

カーリングでフィフスというと“補欠”以上の意味を持ちます。ストーンのチェックやデータをナイトプラクティスでメンバーに伝えたり、ゲームを客観的に見てアドバイスを与えたりなどの大変大事な役割を負っています。

そんな細やかで几帳面な部分を考えると、B型女性のイメージとはちょっと違う気も?

石崎琴美の年齢や誕生日(生年月日)

石崎琴美さんは1979年1月4日生まれで、年齢は43歳です。(2022年11月現在)

ロコ・ソラーレ公式サイトのメンバープロフィールに記載があります。

現ロコ・ソラーレ代表理事の本橋麻里さんとは以前のチームメイト(河西建設、チーム青森時代)でした。当初、本橋麻里さんは高校生!

古くからのお付き合いだったんですね。

ちなみに、1月4日は語呂合わせで「い(1)し(4)の日」だそう。カーリングにはぴったり?

石崎琴美の出身地

石崎琴美さんの出身地は北海道旭川市です。こちらもロコ・ソラーレ公式サイトのプロフィールに記載があります。

ただ、お生まれが旭川市、小学校以降は帯広市で過ごされているので、出身を「帯広市」とするメディアもあるようです。

十勝毎日新聞の紹介には

リザーブの選手としてロコ・ソラーレを支えてきた石崎琴美(42)=帯南商高、帯一中、帯広栄小出、旭川市生まれ=

とあります。ですから、幼少期に帯広へと引っ越しされたようですね。

石崎琴美のwikiプロフィール

  • 名前:石崎琴美(いしざきことみ)
  • 年齢:43歳(2022年11月現在)
  • 出身:北海道旭川市
  • 所属:ロコ・ソラーレ、松田整形外科記念病院

石崎琴美の経歴

石崎琴美さんがカーリングを始めるのは道立帯広商業高等学校卒業後、東光舗道に就職してからのことでした。

東光舗道の社長・河西哲夫さん(当時)は北海道のスケート文化に多大な貢献を果たした人物。東光舗道にカーリングチームを結成したのも河西哲夫さんの発案だったそうです。(※参考:建設グラフ2007年12月号

その会社に石崎琴美さんが就職し、カーリングと出会ったのは何かの縁だったのかもしれませんね。

やがて強豪チームとなった東光舗道。

石崎琴美さんは河西建設のチームにも参加。2000年頃から全国大会で優勝を争うチームになっていきます。

最初のオリンピックはリザーブとして出場した2002年ソルトレークシティ。ですが、次のトリノには出場できませんでした。それを受け、2006年にチームは解散。石崎琴美さんは一時カナダへと渡ります。

このあたりの経緯はNumberWebの記事に詳しいので、興味がある方はぜひ読んでみてください。

チーム青森に加入するのは2007年。そこで再び本橋麻里さんと合流し、2度目のオリンピック、バンクーバーを経験しました。

2013年にチーム青森を離脱しますが、産休の本橋麻里さんの穴を埋める形でロコ・ソラーレに加わります。2016年のフェイスブックにはすでに一緒に写っている写真が投稿されていますね。

その後、2020年に正式加入。2022年北京五輪を目指す厳しい戦いをリザーブの立場からしっかり支え、ついに自身3度目の五輪出場を決めました。

北京オリンピック本番ではロコ・ソラーレの頭脳、そして精神的主柱として支え、銀メダルを獲得!

冬季大会の日本人最年長メダリストともなりました。

2022-23年シーズンもロコ・ソラーレの一員となることが正式に決まった石崎琴美さん。チームの躍進を支え続ける重要人物として、これからも注目していきたいですね。

石崎琴美の成績

石崎琴美さんのこれまでの成績を簡単にご紹介していきます。

石崎琴美さんの本来のポジション、リードとして出場された試合のみに絞ってみました。また、カーリングはチームで行う競技ですから、石崎琴美さん個人の成績というわけではありませんので、そのあたりはご了承ください。

  • 2001年:日本カーリング選手権 2位(河西建設)
  • 2002年:日本カーリング選手権 2位(河西建設)
  • 2002年:パシフィックアジアカーリング選手権 優勝
  • 2003年:日本カーリング選手権 優勝(河西建設)
  • 2003年:パシフィックアジアカーリング選手権 優勝
  • 2004年:日本カーリング選手権 3位(河西建設)
  • 2007年:パシフィックアジアカーリング選手権 2位(河西建設)
  • 2008年:日本カーリング選手権 優勝(チーム青森)
  • 2008年:世界カーリング選手権 4位
  • 2010年:バンクーバー五輪 8位
  • 2010年:日本カーリング選手権 優勝(チーム青森)
  • 2010年:パシフィックアジアカーリング選手権 3位
  • 2011年:日本カーリング選手権 2位(チーム青森)
  • 2012年:日本カーリング選手権 3位(チーム青森)

まとめ

今回は石崎琴美の家族!若い頃からかわいい!身長・体重や血液型等のwikiプロフィール!と題してお送りしてまいりました。

  • 石崎琴美さんのご家族についての情報は見つけることができませんでした。
  • 若い頃から素朴なかわいらしさをお持ちです。
  • 北海道旭川市生まれで帯広市育ち、1979年1月4日生まれの43歳です。(2022年11月現在)
  • 就職後にカーリングをスタート。2022年北京五輪ではフィフスとして自身3度目の五輪出場。銀メダルに貢献しています。

という結果となりました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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