横浜ビー・コルセアーズ岡本CEO・ロングインタビュー連載、これまでの記事はこちら↓
第1回 B1残留を決めた海賊たちの総帥かく語りき。
第2回 ビーコルが来季の選手体制を発表!海賊たちの総帥が語る来季への大きな手応え

ラジカルに、そして海賊らしく。
~横浜ビー・コルセアーズCEO岡本尚博さんに聞く③~

期待の2017-18シーズンに向かって、着々と準備を進めている横浜ビー・コルセアーズ。昨シーズン中、海賊たちの総帥である代表取締役CEO岡本尚博さんにお会いして、いろんなお話を伺う事が出来ました。

その内容は時間にして1時間半以上に渡るもの。横浜ビー・コルセアーズの総帥自らが熱く語っていただいた貴重なお話を、今回から連載でお届けしていきます。

―― 今日、ビーコルの総帥である岡本CEOにお話させていただくことが出来て、とても興奮しています。

岡本CEO:「総帥って、ショッカーみたいですね(笑)」

岡本さんは、横浜ビー・コルセアーズのCEOになられて2年目。欽ちゃん球団・茨城ゴールデンゴールズ代表、 bjリーグマーケティングプロデューサーを経て、ビー・コルセアーズがBリーグに入るための準備を行うべく代表取締役の職に就き、現在に至っています。

画像: 横浜ビー・コルセアーズCEO岡本尚博さん。とても気さくにお話してくださり、その軽妙な口調から、岡本ワールドにどんどんと引き込まれる。

横浜ビー・コルセアーズCEO岡本尚博さん。とても気さくにお話してくださり、その軽妙な口調から、岡本ワールドにどんどんと引き込まれる。

ビー・コルセアーズは、Bリーグが出来る前のbjリーグ時代に優勝を争いながらも経営破綻の危機がありました。その危機を回避するために東奔西走し、ビー・コルセアーズを再生させたのが、当時bjリーグのマーケティングプロデューサーだった岡本さんです。そして、このことが岡本さんをビー・コルセアーズのCEOへと導いて行きました。

「ビー・コルセアーズが経営破綻の危機で、選手、スタッフへの給料も払えない状況の時に、僕はbjリーグのプロモーションとか、イベント統括プロデューサーをやっていまして、リーグのファイナル、プレーオフの総責任者をやっていたんです。そのときに横浜が、プレーオフまでもたないかもしれないって話になって。おいおいそれは困るよと」

今ではホームアリーナである横浜国際プールを満員にするほどになったビー・コルセアーズですが、当時は散々たる状態だったそうです。

「ビー・コルセアーズに実態調査をしに行ったんですが、会場は殺風景だし、客はいないし、でも強いし、よく分かんない状態になっていて、経営状態を見たら酷いしで。あのときはまさに暗黒時代だったんです」

優勝争いをしながらも、経営破綻の危機に陥っていたビー・コルセアーズのことは、当時のbjリーグにとっても大問題でした。

「横浜はあのとき優勝争いをしているチームでしたから、bjリーグとしては横浜を存続させて、ファイナルを終了させないといけない。で、経営の手助けをしたんです。なんとか資金繰りが出来て、選手にも給料が払えるようになって、横浜は優勝したんですが、優勝したら潰せないわけですよ。優勝チームが潰れたら、bjリーグとしてもダメージは大きいですから」

画像1: ラジカルに、そして海賊らしく。 ~横浜ビー・コルセアーズCEO岡本尚博さんに聞く③~

もともと広告代理店出身だった岡本さんはCEOでありながら、ビー・コルセアーズのグッズ、キャッチコピー、選手スカウト、ブランディングイメージに至るまでを率先してやるアイディアマンです。ビー・コルセアーズをなんとか存続させようと奔走していたときも、あるアイディアで大きな賭けに打って出ました。

「最後のギャンブルで、株式を公開して、ブースターに販売したんです。一株5万円だったんですが、説明会で『今は紙切れです。もしくは、あるだけ邪魔かもしれない。でも3年は少なくとも保持してください。3年後には価値を出せるように頑張りますが、それも約束は出来ません。それでも良ければ買ってください』という話をしたんです。400株ほど買っていただき、合計2000万ぐらい集まりました。皆さん、冬のボーナスを注ぎ込んでくださったりとか、友達3人で10万集めたんで二株買いますとか。ありがたかったですね」

これは血の滲むような努力が実ったひとつで、もっと気が遠くなるような多大な資金を要したのですが、それもなんとかクリア。そして、岡本さん、植田球団代表、スタッフ、ビーコルブースターの努力と情熱が実り、経営破綻を回避し、ビー・コルセアーズは存続したのです。そして次なる難関は、新しく出来るBリーグで1部になるか、2部になるかでした。

「Bリーグが出来ることになって、ここで勝負をかけて1部(B1)に行かないと、いずれ1部でってやっていたら、横浜の場合は無理だなと思ったのと、短期で勝負をかけないと、もたないっていう状況があったんで、1部で活動すると宣言して、もうのるかそるかの勝負でした。bjも終わりましたし、そこで僕がビー・コルセアーズの代表取締役になったんです」

この時点では、誰もがビー・コルセアーズが1部に入れるとは思っていませんでした。

「Bリーグ最初の説明会の時に、B3(3部)からならスタート出来ますよ的なことを言われて、絶対B1に入れてやる!って火が付きましたね」

“大逆転のビーコル”という、今では語り草になっている言葉があります。これは、優勝したbjリーグ時代から言われていたのですが、今回絶対にビーコルのB1入りはないと思われていた中で、岡本さんたちが必死の努力で資金の目処を立て、B1入りへ、ひとつ、またひとつと基準を潰して行き、ギリギリでB1入りを果たしたことで、より浸透した異名です。

Bリーグ発足当時の初代チェアマン川淵三郎氏は、公式コメントで『最終的に大逆転で(B1に)1チーム入りました』と言い、岡本さん、ビー・コルセアーズ関係者、そしてブースターは共に喜びを分かち合いました。

「たぶんね。95%の人が、B1に入らないと思ってましたね。でもリーグは、B1入りの審査基準を、経営の基盤と事業体制のみで、成績は関係なしって言ってくれたんで、僕は芽があるなと思ったんです。これが前年の成績とか、この5年間の成績が評価の対象になっていたら、もうお手上げでした」

岡本さんは、ここまで乗り切って来れたことを全て“運”だと言います。

僕の強みがあるとしたら、“運”と“縁”。これは強いんですよ(笑)

画像2: ラジカルに、そして海賊らしく。 ~横浜ビー・コルセアーズCEO岡本尚博さんに聞く③~

横浜ビー・コルセアーズは、バスケだけではなく、エンターテインメント性を重視し、特化しています。このことは、観客動員の数字にも確実に現れていて、今季行われたB1初年度の65試合での総入場数は90,227名、一試合平均3,009名の観客が訪れ、その観客動員数はBリーグで6位の数字で、bjリーグ時代の前年比では165%の伸び率を記録しました。また、グッズの売り上げでも、その豊富さから、これもBリーグの中で上位になっています。

「グッズ展開として意識しているのは、ソニープラザとか、懐かしの王様のアイディアを意識しています。アイディア商品的なものとか、ジョークグッズ的なものをバラエティとして持っておきたいっていうのがあるんですね。応援の時に、今までこんなのなかったけど、こんなのあると楽しいし、便利だよねみたいなアイディアグッズを、ウチから上手く出せればなぁと思っています」

驚いたのは、これらグッズのアイディアを考えるのは岡本さん自身だということ。

「商品企画を考えてるのが、僕だけなんですよ(笑)」

岡本さんは、そう言って笑ったのですが、グッズだけではなく、他にも、多彩な分野で岡本さんのアイディアは発揮され、そのイズムは浸透しています。次回は、ビー・コルセアーズのエンターテインメント性について。岡本さんのエンターテイメントのルーツが明かされます! どうぞお楽しみに!

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