2016年4月13日の夜。学校を終えた子どもたちはいつものようにサッカーチームの練習に集まり、通い慣れたグラウンドにはいつものように笑顔が広がっていました。練習が終わると、子どもたちはまた次回のためにトンボをかけてグラウンドを整備し、それぞれ家へ帰っていきました。

でも、その後、再びその場所でボールを蹴ることはできなくなってしまったのです――。

翌日の14日、そして16日と二度にわたり震度7の地震に見舞われた熊本県益城町。地元の少年少女サッカーチーム F.C.BIGWAVEが長年使っていたそのグラウンドは仮設住宅の建設地となり、子どもたちはサッカーができる場所を失いました。その後は、県内のほかのチームの練習場を間借りし、練習をしているものの、いつまでもこのままというわけにはいかない。

「みんなのために、新しいグラウンドを作りたい」。

そんな想いで、「グラウンドを作ろうプロジェクト」として活動を続けている、F.C.BIGWAVE代表の梶原一泰さんにお話を伺いました。

画像: 練習場を失った子どもたちに、一日も早く日常を取り戻してあげたい―グラウンドを作ろうプロジェクト(前編)―/がまだせくまもと!#68

「土地」「お金」「物」最初は何一つなかった

まずは梶原さんに、これまでの歩みについて聞いてみました。

「地震後、子どもたちも避難所生活を1カ月くらい続けていた中で、自分のチームの子どもたちだけじゃなくて、ほかの子どもたちにも運動をしてもらって精神的なストレスケアができないかと考えていたんです。でも、それまで使っていたグラウンドは安全確認が終わるまで使えないとのことで、調査が完了するまで1年くらいかかるんじゃないかと言われていました」

1年というのは、子どもたちにとってはとてもとても長い時間――。何とか早くグラウンドの使用を再開できないかと、梶原さんは、行政ではなく日本サッカー協会を通してサッカー界独自で安全性の調査をしてもらえるように訴える活動を始めました。

翌月の5月、益城町に日本代表・ハリルホジッチ監督が訪れた際、通訳を介して現状を説明し、活動を後押ししていただけるようにお願いをしました。そしてこの活動を全国に知ってもらうためにパネルを作成し、ハリルホジッチ監督に賛同の意を込めてサインをしてもらったのでした。後にこのパネルには、香川真司選手ら日本代表選手たちもサインを書き込みました。

画像: 「土地」「お金」「物」最初は何一つなかった

中央に書かれた“regain”とは、「取り戻す」という意味。ですが、その矢先、グラウンドは仮設住宅の建設地になることが決まったのです。

「その報道を見て落ち込みましたが、仮設住宅も今の益城には必要なもの。6月からは、グラウンドを“作る”という方向にシフトチェンジしていきました。まずは土地探しから始まって…、グラウンドを作るためには『土地』『お金』、そしてナイター照明やゴールなどの『物』、この3本柱が必要になりますが、最初は何一つなかったんです。今考えると、本当に無謀だったと思います(笑)」

そう言ってちょっと笑った梶原さんでしたが、それからの道のりは、とても長く険しいものでした。

土地を探していたさなか、柏木陽介選手の来訪があり、一緒に益城町長を表敬訪問し相談をしたりもしました。そして、益城町が当初がれき置き場として契約していた芝生畑や、地元の地主さんが安価で提供してくださるというカボチャ畑などが候補地として見つかりました。

「とてもありがたく思いました。『サッカーだけできればいい』というのではなく、新しく作ったグラウンドが益城町の明るい材料になるように、子どもも大人も笑顔になるような場所にしたいと思いました。例えば、益城町の農家さんたちが週末にファーマーズマーケットを開けるようにしたり、採れたて野菜を使って子どもたちに食育レクチャーをしたり」

地元の農家さんたちのご厚意により候補地を得た梶原さんですが、その土地をサッカーの練習場として使うためには、さまざまな壁にぶつかりました。もちろん土地を契約するための資金も必要ですが、土地を整備するためにも高額な費用が掛かります。畑は土でできているため、水分を含むとでこぼこに固まってしまい、子どもたちに質の高い練習をさせてあげることができなくなってしまいます。そのためには、砂を入れて造成する必要があります。

画像: グラウンド候補地の一つ、カボチャ畑にて/写真提供=F.C.BIGWAVE

グラウンド候補地の一つ、カボチャ畑にて/写真提供=F.C.BIGWAVE

もう一つ、大きな費用が掛かるのが、ナイター照明でした。子どもたちは学校が終わった後、仕事を終えた保護者の方々に送り迎えをしてもらうため、練習の開始はいつも19時ごろからとなります。そのためナイター照明は必要不可欠ですが、後々電気料金を抑えることができるLED照明にすると、設置する際の初期費用が高額になるという問題がありました。

画像: 熊本地震以前の、旧グラウンドでの練習風景。練習はいつも19時から行っていた/写真提供=F.C.BIGWAVE

熊本地震以前の、旧グラウンドでの練習風景。練習はいつも19時から行っていた/写真提供=F.C.BIGWAVE

「この活動を何カ月も続けていくうちに、メディアの方にも取り上げていただき、いろんな企業さまから何か支援をしたいという申し出を頂きました。ありがたいことに、企業さまや個人の方々からも多くの募金を頂きました」

想像を超えるような支援が集まってきてはいるものの、まだまだ目標額には達していないとのこと。梶原さんは引き続き活動を続けながら、グラウンドが完成した後も周りに迷惑を掛けず、逆に地域に貢献できるよう、企業とコラボレーションした事業計画を立てているそうです。

「大変なこともたくさんあるけど、子どもたちに『グラウンドできた~!? まーだー!?』と無邪気に聞かれると、癒されます」と笑う梶原さん。

子どもたちはとても元気。でも、1年1年がすごく大切な成長期の子どもたちに、一日も早くグラウンドを作ってあげたいと話します。子どもたちも子どもたちなりに、逆境を貴重な経験とし、みんなで明るく頑張る日々。その姿を見守りながら、梶原さんは今、未来へ何を残そうと考えているのでしょうか――。

(後編へ続く)

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