画像1: エディーJを追い続けた男が見たW杯=南アフリカ戦

いよいよ9月19日、日本代表対南アフリカ代表戦の当日の朝を迎えました。

前日、ラグビーワールドカップの開幕戦から人身事故に巻き込まれてしまい、朝4時過ぎに寝たにもかかわらず、9時くらいに自然と目が覚めました。天候は晴れ。疲れはありますが、どことなく興奮している自分がいました。エディー・ジャパンが初めて試合をしたのは2012年4月28日、あれから3年半、「いよいよ、やっと本番がやってきた」と感慨深かったです。

土曜日だったこともあり、ホームステイ先の家族は、すでに誰もいなく、シャワーを浴びて一人で軽くシリアルを食べました(イギリスの朝は大抵、シリアルですが……)。ワールドカップ期間中は、全試合放送していたJ SPORTSさんで全試合のレビュー、プレビューを担当していたので、それを進めつつ、気持ちを落ち着かせていました。

4年間、全試合を取材してきたので、いろいろありました。カザフスタン、ジョージア(旧グルジア)、フランス、フィジー、スコットランド、ウェールズといろいろ足を運びました。日本協会やアジア協会のオフィシャル以外の日本人メディアは1人だけの試合も多々かありました。練習取材は、一人だけしかいない時も多く、時間通りに行ったにもかかわらず、すでに始まっていて、ジョーンズHCに切れられた日もありました。※ジョーンズHCは、だいたい予定より早く練習が始まるので勝手に「エディータイム」と呼んでいました。

日本代表はウェールズ代表やイタリア代表にも勝利し、世界ランキングも一時、過去最高の9位まで上昇しましたが、この1年間は、ティア1(世界ランキング10以内の強豪チーム)と対戦することができていない。それなのにワールドカップの初戦で、過去に対戦したことのない優勝2回の南アフリカ代表と対戦する。今までの練習の成果を出して「やってくれるはず」と思いながらも「どんな結果となっても受け止めないといけない」という思いでした。

試合は16時45分キックオフだったため、12時半にはホーヴのホームステイ先の家を出て、ブライトン乗り換えで、スタジアム最寄りのファルマー駅に向かうことにしました。欧州の電車は、オフピーク&往復だとかなり安く買うことができます! すでにプラットフォームにはラグビーのジャージーを着たファンがちらほら。さらに電車はいきなり、15分ほど遅れてきました。スタジアムに行くために各駅で多くのイングランドのラグビーファンが電車に乗っていたことが原因のようです。

昨日の今日で再び満員電車に乗ることになりましたが、やっぱり「早く出て正解だったかな」とホッとしていました。ブライトンでは、多くのファンが、係員の指示の下、すでに整列乗車を始めていました。多くのラグビーファンでごった返していましたが、試合のチケットは売り切れていたこともあり、予行練習をしていたのか、シミュレーションをしていたのか、駅員がしっかりとお客さんを誘導し混乱はまったくなかったです。

画像2: エディーJを追い続けた男が見たW杯=南アフリカ戦

「本当は早く、スタジアムに行きたいけどしょうがないな」と思っていましたが、駅員さんが、メディアパスを見ると、列の一番最初に誘導してくれて、並ばす次に来た電車に乗せてもらえました。当然車内では、「日本から来たんだろ?」と話しかけれて「南アフリカが勝つと思うけど日本も頑張って!」「50-0か60-0くらいだよな」と言われたので、常套句のように「ボーナスポイントは取ってほしい」というと相手は苦笑い。ワールドカップで最も勝率の高い南アフリカと、もっとも勝率の低い日本の対戦だっただけに、南アフリカが快勝するだろうという雰囲気をひしひしと感じたものでした。

30分くらいで着くはずでしたが、結局1時間くらいかかり14時前にはスタジアムに到着することができました。キックオフまであと3時間、スタジアムの周辺には日本、南アフリカ、イングランドのラグビーファンがすでに集まり始めていました。メディア用のチケットは前日引き取っていたため、パスとチケットを見せて手荷物検査を受けてから、メディアの控え室に向かいます。すでに日本メディアだけでなく、南アフリカ、イングランドのメディアでごった返していました。

まず、ラジオをいただきました。今大会から、会場ではファンも含めてレフリーの声をラジオで聴けるサービスがありました。レフリーが選手たちに何と言っているのか、何の反則を取ったのかがわかるのでなかなか便利でした。次にやったのは腹ごしらえでした。ワールドカップのような大きな大会はメディア用のご飯が置かれるものですが、イングランド大会ではチケット制で、「温かい食事」と「冷たい食事」が提供されました。「温かい食事」はワンプレートディッシュとパンで、「冷たい食事」はサンドイッチが一般的でした。

今大会の会場もサッカーのブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンのスタジアムだったため、レストランがもともとあり、食事はイングランドの割には(?)なかなか美味しかった。中でも一番美味しかったのは、アストンヴィラのホームスタジアムでした。さすが、欧州の舞台で何度も戦っているプレミアシップの強豪クラブ!と思ったほどです。

画像3: エディーJを追い続けた男が見たW杯=南アフリカ戦

当然、ワールドカップくらいになるとメディア控え室だけでなく記者席でもwifiがしっかり飛んでいるので、キックオフ1時間前には記者席(tribune)に着席していました。正面、やや上の良い席でした! 双眼鏡で前日練習を見ていると、選手たちは落ち着いているように見えました。そして練習が終わると、選手たちはリーチ マイケルキャプテンを先頭に、肩を組んでひとかたまりになってドレッシングルームに戻っていきました。どうやら田中史朗選手あたりの提案のようで、その姿を見ると、こちらも自然と力が入ってきました!

画像4: エディーJを追い続けた男が見たW杯=南アフリカ戦

会場はほぼ満員。16時40分くらいになると、ついに選手たちが入場していきました。会場には本物のワールドカップも置いてありました。南アフリカの初戦だったということもあるでしょう。国歌斉唱時に多くの選手は泣いていました。五郎丸歩選手も感極まって涙を流していました。私のエディージャパンの取材は54試合目となる日本のワールドカップ初戦が始まりました!

画像5: エディーJを追い続けた男が見たW杯=南アフリカ戦

まず、感動したのは、日本の選手たちが体を張って大きな南アフリカの選手にタックルを繰り返し、フォローした選手がラックに頭を突っ込んでボールをターンオーバーしたことです。試合早々、2回くらいこういったシーンが続き、選手たちのこの試合にかける気持ちが伝ってきました。

前半は一進一退の攻防が続いて、日本はリーチキャプテンがモールからトライも奪い10-12と2点差で折り返しました。あの南アフリカと普通に戦っている! 日本の選手たちの振る舞いは堂々たるものでした。ただ、前半はPGを1本外してしまい、できればリードしてほしかった。また、後半どこまで日本のフィジカルとフィットネスが持つのかなとも思っていました。会場の雰囲気も、この時点では、まだ「日本、予想よりもよくやっているぞ」くらいでした。

そして後半、いきなり日本がPGを決めて13-12と逆転します。相手にトライを奪われても、日本もFB五郎丸のPGで追いすがります。後半20分で22-22の同点に。このあたりになると、会場も「もしかして……」という雰囲気になり、日本のホームのような状態となり「ジャパン」コールもしばしば聞かれました。

ジョーンズHCが、この4年間でよく使っていたのが「勝つ流れ」という言葉です。明らかに試合展開は互角で、日本にチャンスはあるのが明白で「勝つ流れ」も引き寄せていました。ただ22分にはタックルミスからあっさりトライを献上。過去の大会を振り返っても、日本は「残り20分」までは戦えていた試合が多々ありました。

ここからがエディー・ジャパンの真骨頂でした。途中出場のPR山下裕史選手のビッグタックルで相手が反則を犯して、ラインアウトのチャンスを得ます。後半、29分、そのチャンスから見事なサインプレー、FB五郎丸が右隅にトライ。29-29と再び同点に。南アフリカの勝利を見に来ていたはずのイングランドのファンは「歴史的な勝利」を期待して「ジャパン」「ジャパン」という声がこだましていました。

33分、日本は南アフリカの猛攻をどうにかしのぎ、モールでトライを狙うことができた場面でも、南アフリカはPGを決めて29-32に。この選択をさせたのは、もしかしたら会場の雰囲気だったかもしません。ここから日本はこの試合一番の集中力を見せて、一番疲れている状況でも自陣から19次攻撃を見せて、インゴールまで迫りました。さらに相手の反則を犯してシンビンとなり、日本は数的有利にとなります。

さらにゴール前では、相手が反則しても日本はPGで同点を狙わず、スクラムにこだわりました。この時、私は自然と「よしっ」と小さくガッツポーズしていました。日本に流れが来ていたことは明白でしたが、ここでエディー・ジョーンズHCは、選手たちに「ショット」と指示をしていたのです。一人、冷静だったのかもしれません。

日本はイングランドの観客を味方にすることに成功し、会場は興奮の坩堝と化し、日本のホームのような雰囲気でした。私もノートに書く文字も震えていました。「ここまで来たら勝ってくれ」と心から願っていました。

そして84分、ラストワンプレーで日本はWTBカーン・ヘスケスがトライを挙げて、34-32で逆転勝利! 待ちに待った日本の勝利です! その瞬間、自然と隣にいた記者と抱き合って喜んでいました。周りを見渡すと選手たちの奥さん、協会関係者も泣いていました。

「日本の勝利する姿が見たい」と3大会前から取材してきて、「ジョーンズHCなら何かしてくれるはず」と全試合追いかけてきましたが、まさか24年ぶりの勝利の相手が南アフリカになるとは……。エディー・ジャパンを取材してきた良かったと思った瞬間でした。私の携帯には、試合をしていないのに、なぜか「おめでとう!」のメールが何通も届いていました。

その後は、共同記者会見、そしてミックスゾーンと取材して、しばらく興奮状態は続いたことを覚えています。メディア控え室に戻ったのは20時前だったでしょうか。そこから、まずは会見や選手たちのコメントのテープ起こしを行って21時くらいまで作業をしていたと思います。このあたりになると、寝不足、勝利の興奮など相まって、疲れがどっと出てきます。

ここからはもう精神的な戦いでした。「早くレポートを送ってほしい」という催促のメールも届いていました。宿に着いたのが10時くらい。選手のコメント、試合のレポートなどを4カ所に送らなくてはならなかったため、朝5時くらいまで机に向かっていたと思います。終わった瞬間、着の身着のままで横になり、勝利の余韻に浸るまもなく、ワールドカップの2日目が過ぎていました。

画像6: エディーJを追い続けた男が見たW杯=南アフリカ戦

起きたのは10時過ぎだったでしょうか。日曜日だったこともあり(午前中は教会に行っていたのだと思います)、ホームステイ先にはすでに誰もいなかったですが、ただリビングの机の上にあった花瓶に、日本の旗が飾られていました。それまでは夢見心地でしたが、24年ぶりの勝利を実感し、「イングランドに来て良かった! エディー・ジャパンを取材してきて良かった!」と心から思えた瞬間でした。(文・写真=斉藤健仁)

 
[プロフィール]
スポーツライター。1975年生まれ、千葉県柏市育ち。ラグビーと欧州サッカーを中心に取材・執筆。2015年ラグビーワールドカップを含むエディー・ジャパン全57試合を現地で取材!ラグビー専門WEBマガジン「Rugby Japan 365」「高校生スポーツ」の記者も務める。学生時代に水泳、サッカー、テニス、ラグビー、スカッシュを経験。「エディー・ジョーンズ 4年間の軌跡」(ベースボール・マガジン社)、「ラグビー『観戦力』が高まる」「突破!リッチー・マコウ自伝(※共訳)」(ともに東邦出版)など著書多数。>>Twitterアカウント

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