画像1: 日本のメディアのみならず。どの国も自国選手が命

アメリカでの取材でちょっと違和感を覚えるのは、日本メディアの日本人選手偏重の取材です。

松井秀喜選手がいた頃のヤンキー・スタジアムでは、試合前のプレスレストランでは「ここは東京か?」と思うほど日本人だらけなのに、試合後にクラブハウスに突撃すると日本人記者はゼロ。れれれ・・・帰ったの?と思っていたら、当時の広岡広報仕切りの松井選手の「囲み」がクラブハウス外の廊下で始まり、今までどこで隠れていたの?と思うほどの日本人記者が一斉に再登場したものです。

しかし、その後アメリカ通いを繰り返すうちに「自国選手が命」は何も日本だけのことではないことに気付きました。そんな例を紹介しましょう。

画像2: 日本のメディアのみならず。どの国も自国選手が命

2014年3月に、私はMLB史上初の南半球での公式戦となるダイヤモンドバックス対ドジャース2連戦をフォローするためにオールトラリアのシドニーを訪れました。第2戦ではドジャースの韓国人左腕リュ・ヒョンジンの先発が予定されていましたため、現地にも韓国メディアが多数取材に訪れていました。

しかし、メジャーの取材に慣れていない方が多かったのでしょうか、彼らの中にはドジャースやKBO時代のリュの所属球団のユニフォームをはおりキャップを被るなど、目一杯「リュに肩入れしてマス」を表現している記者もいたのには驚きました。一般的には取材パスを持つ者は中立の立場であるとの前提から、このような装いは慎むべきとされているからです。その中のお一人に声を掛けると、「みんなリュを応援しているんです。ドジャースを特に応援しているわけではありません」と正直に語ってくれました。

そして、第2戦に先発したリュは5回を投げ見事勝利投手になりました。 試合後のインタビュー会場の席は、韓国メディアに7割方占められた状態です。しかし、控えめな彼らは最初は押し黙っています。空気を読んで私が質問の口火を切りました。

「わずか87球で降板というのはどう思います?」

画像3: 日本のメディアのみならず。どの国も自国選手が命

手前みそながら、これで雰囲気が和んできたのかある韓国人記者が英語で続くと、そこから一気に堰を切ったようにみんな韓国語で質問を始めました。すごい盛り上がりになりました。しかし、リュの会見の前後に行われたドジャースのドン・マッティングリー監督やダイヤモンドバックスのカーク・ギブソンの会見では彼らは全く言葉を発しません。

そういえば、前日に勝利投手になったクレイトン・カーショウの会見で、珍しく韓国メディアがひとつだけ質問投げかけたのですが、それは「明日投げるリュに何かアドバイスはありませんか?」でした。

2015年の開幕寸前に、10年前にエクスポズ(現ナショナルズ)がワシントンDCに転出したモントリオールで開催された唯一のカナダ球団のブルージェイズ対レッズのオープン戦を取材した際も、現地のファンやメディアの地元モントリオール育ちのラッセル・マーチン捕手(ブルージェイズ)への肩入れにも驚きました。

試合前の共同会見では、マーチンは当初は英語で対応していたのですが、途中で1人の地元記者がフランス語(モントリオールはフランス語圏なのです)で質問すると、そこから先は一気にフランス語に変わりました。もう、何を話しているかさっぱりです。

その後ゲートが開き、待ちかねたファンがどっと場内に押し寄せると、やはりマーチンの背番号55のユニが目立ちます。試合中も超満員の観客はマーチンの一挙手一投足に耳をつんざくほどの大歓声を送ります。

試合自体は観客席の盛り上がりとは対照的に淡々とした展開で、0対2でブルージェイズは敗れたのですが、それでも試合後の共同会見に現れたのは、ノーヒットのマーチンでした。この日のマーチンへのメディアやファンの入れ込みは、2012年の東京での開幕戦(マリナーズ対アスレチックス)でのイチローへのそれに匹敵すると言えば、ご理解いただけるでしょうか。(文・写真=豊浦彰太郎)

 
[プロフィール]
福岡県生まれ。MLBライター。初めて生で観戦した小学校1年生の時、巨人対西鉄のオープン戦で王貞治さんのホームランを観たゲーム終了後にサインを貰うという幸運を手にし、生涯の野球への愛を摺りこまれた。1971年のオリオールズ来日以来のメジャーリーグファンでもあり、2003年から6年間は、スカパー!MLBライブでコメンテーターも務めた。MLB専門誌の「SLUGGER」に寄稿中。ブログ「豊浦彰太郎のMLBブログ "Baseball Spoken Here"」は高い人気を誇る。

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