日本で最もメジャーなスポーツが野球であることは間違いないだろう。ところが近年、スポーツの幅が広がり、野球のことがよくわからないという人たちも増えてきた。その代表格は少年を中心にプレー人口を増やしたサッカーだろう。

そこで野球の専門家と、サッカーのライターが対談し、お互いのイメージや特徴などを容赦なく聞いてもらった。

野球代表は、プロ野球、千葉ロッテマリーンズや阪神タイガースで活躍し、引退後は格闘家に転向してK-1に出場。その後、野球解説者や指導者として活躍している立川隆史氏。

そんな専門家に、授業以外で野球の経験がなく、いまだ野球の試合を見たことがないというサッカージャーナリストの森雅史が質問をぶつける。ヒヤヒヤもののタブーなき対談、最終回をお届けしたい。

画像1: [最終回]夢がある野球の年俸、Jのトップ選手は?

森:日本だと「フィジカル・エリート」の人は野球をやるんじゃないでしょうか。野球選手の中で、「サッカーをやってたらきっと日本代表クラスになっただろう」というクラスの人がたくさんいると思うんですよ。

立川:どうですかね。ただ、年俸は夢があるでしょうね。

森:Jリーグだとトップクラスが1億円を超えてますが、なかなかそのレベルは少ないですよ。

立川:それ以上の選手は海外に行くという感じですか?

森:はい、そうですね。

立川:サッカースタジアムって何人ぐらい入るんですか?

森:多いところでは6万人ぐらいですね。

立川:それだけ入るんだったら。やっぱりサッカーは野球に比べて試合数が少ないですからね。放映権で儲かるということは?

森:日本だとまだまだないでしょうね。ヨーロッパ、特にイングランドなどは放映権が高いおかげで選手の年俸を上げることができたみたいです。

立川:地上波でサッカーを見られるのも、日本代表戦ぐらいですよね。

森:カップ戦の決勝も視聴率があまりよくないとテレビ局の人から聞いたことがあります。

立川:野球にしろサッカーにしろ、視聴率が下がっているというのは困ったモノですね。サッカー選手の年俸を上げるためには試合数が増えないといけないと思うんですけど、通常は1週間に1、2試合ですね。

森:そうですね。1年が52週で、そのうち8週間が休みですから、試合ができて44週。1週間に2試合して、年間88試合ぐらいというのが最多試合数かもしれません。

立川:もう少し選手数を増やすことはできないんですか? そうすればもっと試合ができると思うんですよ。

森:リーグ戦用、カップ戦用とメンバーを分けるターンオーバーという考え方もありますが、それでも主力の一部は一緒にならざるを得なくなりますからね。

立川:確かに野球はそこまで動かなくていいですからね。

森:そういう意味では、毎日公式戦が出来るという野球は、ちょっと特殊なのでしょうが、ビジネス的にはいいのかもしれませんね。

立川:サッカーが毎週2試合あるというのは、野球でいうと先発ピッチャーが中2日で投げるという感じですか?

森:はい、たぶんそうだと思います。

立川:そう考えると、かなり厳しいですよね。

森:では、サッカーがもっと普及するために、何かわかりやすくしたほうがいい部分ってありますか?

立川:サッカーはオフサイドが難しくて、わからなくなるんじゃないですか? なんでフットサルにはオフサイドがないかもわからない。

森:フットサルコートは狭いから、オフサイドポジションにいても、さほど有利にならないからだと思います。

立川:じゃあ、なんでオフサイドが反則に?

森:サッカーの反則は、大きく分けると「危ないこと」と「卑怯なこと」になるのですが、オフサイドは「卑怯なこと」扱いなんですよ。ボールが出た瞬間は並んでいて、そこから相手の前に出るのはいいのですが、待ち伏せするのは「卑怯」という感覚ですね。

立川:不思議な感覚ですね。

森:そういう感覚がまず日本でわかってもらえるというのが大切なんでしょうね。そういう部分も含めて、サッカーも野球のように日本に定着していけばいいと願っています。今回はいろいろ教えていただいてありがとうございました。

立川:ありがとうございました。

森:立川さんには野球だけでなく、格闘技界の話もお伺いしたかったのですが、残念ながらここまでとなってしまいました。また、どこかでぜひお願いします。

立川:では、またどこかでお会いしましょう!!

<完>

 
[プロフィール]

画像2: [最終回]夢がある野球の年俸、Jのトップ選手は?

立川隆史(たちかわ・たかし)
1975年10月7日、千葉県千葉市に生まれる。幼いころから野球に親しみ、中学で野球部に入ろうとするが、坊主頭がイヤでバスケット部を選択。しかし高校で再び野球の道に戻ると、ドラフト2位で千葉ロッテマリーンズに入団した。その後、4番打者を務めるなどの活躍を見せた後、阪神に移籍。阪神でも4番の大役を務めるなどしている。引退後はコーチなどをしていたが、2007年にはK-1 JAPANで格闘家としてもデビューするなど異色の経歴を持った。現在は野球解説者ならびに指導者として活躍中。

画像3: [最終回]夢がある野球の年俸、Jのトップ選手は?

森雅史(もり・まさふみ)
12月12日、佐賀県有田町に生まれる。週刊専門誌を皮切りに数多くの雑誌・書籍に関わってきた。強引な理論を振りかざした突破と爆発的な筆の遅さで読者の予想を超えるオチを目ざしているがいつも苦戦している。地道な取材の前線で体を張り続けているものの、書き始めるまで結論がどこになるのか本人にもわからない。キュートでニートなフットボールジャーナリスト。

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