歯科医とマラソンランナーの二足のわらじを履くアスリート、石川恵さん。一つのことに夢中になるようなことは何もなかった彼女が、マラソンで出会ったのは40歳を過ぎてから。アラフィフ世代とは思えない若々しさを持つ彼女がマラソンと出会い、新たな人生を歩む物語をお届けしています!

●これまでの記事
第1話「昔から特別に夢中になれるものはなかった」 40歳を過ぎてから見つけた大切なもの
第2話「夢中になれるものを見つけたい」 人気ファッション雑誌のランナーとしてホノルルへ!

あんなに感動したことは人生で一度もなかった

女性ファッション雑誌「STORY(ストーリィ)」の企画、<ホノルルマラソン完走プロジェクト>のメンバーとして、初めてのフルマラソンに挑戦することになった石川さん。一生懸命自主トレーニングにも励んでいた彼女ですが、その真面目さが裏目に出てしまいます。

ハーフマラソン大会を体調不良で欠席してしまい、全くの未知の世界であるフルマラソンを完走できるのか――。そんな不安な気持ちを抱えていた石川さんは、「前日までしっかりと食事を取って、エネルギーをつけておいた方がいい」というアドバイスを受けます。普段の食事量はあまり多くないそうですが、必要以上にいっぱい食べてしまいました。

いざレースが始まると、すぐに異変が起きます。だんだんと気分が悪くなっていき、レースの途中で吐いてしまいました。一度は持ち直したものの、しばらく走ると再び気分が悪くなり…。吐いてはしばらく休み、立ち上がって歩いては吐く、といった繰り返しになってしまったのです。もうダメだと何度も思ったりもしましたが、他のメンバーや編集部の人たちとはぐれてしまっていたため、どうやって棄権するのか、棄権したとしてそれをどうやって伝えればいいのか分からない。自分でどうにかするしかないと思い、レースを続行することにしました。

いつ終わるんだろう。本当にゴールできるのかな。他のみんなはどうしているんだろう。こんなに時間が掛かっちゃって、心配かけちゃっているよね――。

そんなことを延々と考え、この時間が永遠に続くのではないかと思い、もう限界ギリギリまできた最後の最後で…、

石川さ~ん――

確かに聞こえた、自分の名前を呼ぶ声。編集部の人が自分を見つけてくれたのです。ほっとした彼女は、最後の力を振り絞りました。ようやくゴールできたのは、スタートから5時間55分もの時間が過ぎた時のことでした。

初フルマラソンで、見事に完走。ですが、彼女が手にしたものは、それ以上に大きなものでした。

「あぁ、これで終わっていいんだって思ったら、涙がすーっと出てきました。頑張ったなあ、ゴールできてよかったなあって。こんなに感動したことは、それまでの人生で一度もなかった。生きていてよかったなあと思いましたね」

画像: <TEAM STORYの皆さんとホノルルにて記念撮影/写真提供:石川恵>

<TEAM STORYの皆さんとホノルルにて記念撮影/写真提供:石川恵>

自分が夢中になれるものを見つけた石川さんは、充実した毎日を過ごしていきます。トレーニングでは日々、成長を実感し、その成果は出場したレースでも着実に表れ、タイムは順調に伸び、そうなるとますます夢中になっていく。まさにこの時期は上り調子だったそうです。一時はヘルニアを患ってしまい、歩くこともままならず、しばらくトレーニングをお休みすることはありましたが、それでもランニングから離れることはありませんでした。「国際レースに出たい」という目標のために、走り続けたのです。

そして48歳で出場したつくばマラソンで、ついに国際女子マラソンの参加資格である3時間15分(※当時)を切ったのです!

画像: <つくばマラソンにて/写真提供:石川恵>

<つくばマラソンにて/写真提供:石川恵>

「私は昔から、何かに一生懸命になったことがありませんでした。ちょっとイヤなことがあると、すぐにやめちゃったり。それで誰かに迷惑を掛けているわけでもなかったので、まあいいかなと思いながらも、自分にいつも自信がなかったんです。

だけど、走り始めてからは、自分は意外と粘り強くて、最後まで諦めないで頑張れるんだなということが分かった。自信を持てるようになって、自分のことが好きになれましたね」

もしかしたら、そこまで一生懸命になれるほど好きなことが、ようやく見つかったのかもしれませんね――。こう問い掛けると、「そうかもしれませんね」と彼女はほほ笑みました。

「子どものころから自分のこの性格が分かっていれば(笑)。でも、昔があるから今があるわけですし…。はい、今はそう思えるようになりましたね」

ただその後、歯車が少しずつ狂い始めます。さらに上を目指そうと今まで以上に頑張り始めましたが、タイムは伸び悩み、前にできていたことができなくなっていったのです。石川さんの表情から、だんだんと笑顔が減っていきました。

「うまくいかない時もあるものですから、そこで落ち込んだりせずに、次また頑張ればいいや!って思えればよかったんですが…。この時期は、全然前向きになれなかったですね」

何をやってもうまくいっていた上り調子の時期から、何をやってもうまくいかない悪循環の時期へ。走ることが、初めて苦痛に感じるようになっていました。

もがき続けたある日、かつて在住していた街、ボストンで毎年4月に開催されているボストンマラソンに参加することを決めます。

「それまでも気にはなっていたものの、同時期に開催されている長野マラソンへいつも出場していたため、参加したことはありませんでした。主人も一緒に走るようになっていて、ちょうどボストンマラソンの参加資格タイムを持っていたんです。2人とも資格タイムを持っている機会は、今後もしかしたら無いかもしれない。そう思ったら、どうしても行ってみたくなったんです」

これが、石川さんにとっての転機となったのです。


(第4話へ続く)

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