2016シーズン、ロアッソ熊本のとても大事な2試合で掲出されたビッグフラッグがあります。

1つ目の試合は、熊本地震後、7月3日にうまかな・よかなスタジアム(うまスタ)で試合が再開された日のこと。

2つ目の試合は、11月12日、ホーム最終節で勝利し、J2残留を決めた日のこと。

画像: 11月12日のホーム最終節では、使用不可となっているバックスタンドに掲げられていた

11月12日のホーム最終節では、使用不可となっているバックスタンドに掲げられていた

熊本復興への想いを込め、「がまだせ 熊本 負けんばい」と書かれたそのビッグフラッグは、3人の男たちによって作られました。私は、そのメンバーの中の一人、影山洋さんが代表取締役を務める有限会社染太郎を訪ねました。

染太郎といえば、サポーターの皆さんはご存じの方も多いかもしれませんね! ビッグフラッグや横断幕、ゲートフラッグなどの制作を手掛けている会社なのです。

埼玉県蕨市にある染太郎の会社を、ワクワクドキドキしながら訪れた私。扉を開けた瞬間、そこには想像以上の世界が広がっていました。部屋の中が、旗、旗、旗、旗だらけ!! Jリーグの各チームの名だたる選手たちの旗が、壁いっぱいに掲げられているのです!

――あっ! これ、見たことある!!

画像1: 「がまだせ 熊本 負けんばい」ビッグフラッグ物語 ~染太郎を訪ねて~/がまだせくまもと!#44

壁に貼られていた写真には、岡田武史さん(現・FC今治 代表取締役会長)のフラッグを作っている様子が…! こちらは、岡田さんが1998年フランス・ワールドカップ出場の後、一度日本代表の監督から外れた際に、日本代表のサポーター団「ウルトラス・ニッポン」の皆さんから岡田さんを元気づけたいという相談があり、作ったんだそうです。その後、再び岡田さんが日本代表の監督に返り咲き、2010年南アフリカ・ワールドカップに出場を果たした際には、こちらのフラッグは南アフリカまで旅をし、試合会場に掲げられたそうです。

――これも見たことある…!!

画像2: 「がまだせ 熊本 負けんばい」ビッグフラッグ物語 ~染太郎を訪ねて~/がまだせくまもと!#44

早くも興奮しすぎの私ですが(笑)、こちらは、埼玉スタジアム2002のこけら落としの際、浦和レッズ 対 横浜F・マリノスの試合前のセレモニーで掲出されたもの。ユニフォーム型のビッグフラッグと、子どもたちが手に持った赤い布をくるっとひっくり返すと“ハートの12”が現れるという演出で感動を呼んだあのフラッグにも、染太郎が関わっていたのです。

そしてさらに! 今やJリーグでは超有名フラッグとなっている、川崎フロンターレの大久保嘉人選手の得点をカウントする「YOSHI METER」(ヨシメーター)には、影山さんは企画から携わっていたそう。写真右下のフラッグは、大久保選手が2013年、2014年、2015年と3年連続得点王を取ったお祝いとして、その年の得点数を入れてご本人にプレゼントした物と同じものなんだそうです。

画像3: 「がまだせ 熊本 負けんばい」ビッグフラッグ物語 ~染太郎を訪ねて~/がまだせくまもと!#44

そのほかにも、宇佐美貴史選手がガンバ大阪に所属していた時、ご本人にプレゼントしたら、宇佐美選手のお父さんがそのフラッグを持ってテレビに映っていたというものや、アルビレックス新潟所属で6月に急性白血病であることを明かした早川史哉選手へ贈ったフラッグ(サインとメッセージはロアッソの選手たちのもの)など、実に貴重で想いの込もったフラッグが、所狭しと並んでいるのでした。

画像4: 「がまだせ 熊本 負けんばい」ビッグフラッグ物語 ~染太郎を訪ねて~/がまだせくまもと!#44
画像6: 「がまだせ 熊本 負けんばい」ビッグフラッグ物語 ~染太郎を訪ねて~/がまだせくまもと!#44
画像7: 「がまだせ 熊本 負けんばい」ビッグフラッグ物語 ~染太郎を訪ねて~/がまだせくまもと!#44

Jリーグ開幕当初から、サポーターの皆さん、クラブや選手たちと共に歩んできた染太郎。うーん、これはとてもじゃないけど1日じゃ全部見られない(笑)。興奮冷めやらぬまま、本日の本題に入っていったのでした。

冒頭にも述べた「がまだせ 熊本 負けんばい」ビッグフラッグの企画・制作メンバーのもう一人、Playful代表・稲葉祐介さんも加わり、お二人に制作秘話についてお話を聞いてみました。

<続く>

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