12月25日(日)~29日(木)に開催される全日本少年サッカー大会に、熊本県代表として参加する「ソレッソ熊本」。

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がまだせくまもと#40『チビリンピック全国3位の「ソレッソ熊本」、今度は全日本少年サッカー大会へ挑む!!』

幼児から中学生まで在籍し、今や300名ほどを抱えるまでになったそのクラブは、どのようにして生まれ、どのように育っていったのでしょうか。クラブの代表であり、U-12チームの監督でもある広川靖二さんにお話を伺いました。

画像1: 先輩の子どもにサッカーを教えたら…、今や300名のクラブに!? ―ソレッソ熊本―/がまだせくまもと!#41

もともとは熊本学園大学付属高校でコーチをしていたという広川さん。そのころ、大学時代の先輩に「サッカーを教えられるんだったら、俺の子どもとその友達に教えて、幼稚園児の大会に出してほしい」と頼まれたそうです。その子どもたち7人くらいに2カ月間ほど教えてあげたのが、少年サッカーと出会ったきっかけでした。

お金も取らず教えていたのでどんどん子どもたちが増えていき、半年後には20人ぐらいまで増えたそうです。

「それが日韓ワールドカップの年、2002年でした。子どもたちはみんなベッカムの髪形をまねしてましたね(笑)。そして、ちゃんとジュニアのチームにしたのは2004年です。でも、そのころはまだ“遊びの延長”みたいな感じで、まさかこうなるとは思ってませんでした。

最初に教えた子たちが6年生に上がる時に、県大会で優勝したんです。それから今まで、優勝しなかった年はありません」

先輩の子どもとその友達にサッカーを教えたことがきっかけで、最初は7人だったところから今では300名を抱えるクラブにまで成長したソレッソ熊本。県大会優勝の常連クラブとなり、脈々と続いていくその強さと子どもたちのモチベーションは、一体どこから生まれてきたのでしょうか。

画像2: 先輩の子どもにサッカーを教えたら…、今や300名のクラブに!? ―ソレッソ熊本―/がまだせくまもと!#41

「間違いなく言えることは、多分僕が誰よりもチームのことを思ってる自負があるということと、同じように夢を追ってくれるスタッフがすごく増えたということ。そして、うちじゃないとサッカーやらないっていう子どもたちがいるということ。

うちは、サッカーに関して言えば特に特徴はないんです。どこにでもあるファミレスみたいな感じ(笑)」

ファミレス!?

「例えば、ドリブルだけはどこにも負けませんとか、うちはポゼッションサッカーをやりますとか、何かに特化してチームの色が濃いというわけではないんです。

みんな知ってるし好きだけど、まぁ普通よね、みたいな感じ(笑)。決してお忍びで通う名店ではないんです。

子どもたちには、当たり前のことをちゃんと求めます。幼い学年でも、サッカークラブである以上、楽しませながらもちゃんとサッカーを教えますし。

でも、何かに固執したことばかり教えても、彼らのサッカー人生がここで終わりならありかもしれないけど、ゆくゆくは高校とか大学とか違うチームに行くわけで。そこで求められないとうまくいかなくなっちゃうと思うので、当たり前のことしか言いません。今、全力で取り組んでるかどうかとか」

広川さんの目線の先には、幼いながらも真剣にボールを追いかける子どもたちの姿が見えます。

「あと、仲間に対してどう接するかとか。サッカーの技術力の差は、当然出てきます。6年生のうち8人は県の代表選手だけど、そうじゃない子もいる。でも、うちは一緒に練習させてます。そんな中で、うまくいかない子がいた時に『何でできないんだよ』って言うか、『OK、次頑張ろうぜ』って言うか。『自分だったらどっちを言われたい?』っていうことを教えたり。子どもなのでもちろんプロサッカー選手になりたいって言うけど、支えている僕らは、サッカー選手の卵を預かってるというよりは、大人になる前の大切な子どもたちを預かってることに変わりはないですからね」

画像3: 先輩の子どもにサッカーを教えたら…、今や300名のクラブに!? ―ソレッソ熊本―/がまだせくまもと!#41

その指導方針と「チームのことを誰よりも思っている」という気持ちが伝わり、子どもたちとも保護者の皆さんとも信頼関係を築いている広川さん。サッカーがうまいかどうかではなく、全力で取り組むことや、仲間の中で成長していくことを大切にしている、その考え方の原点は広川さんの学生時代にあるようです。

<続く>

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