●イベントレポート4[最終回]

今月8日、東京ミッドタウンのイベントスペースでは、IOCのワールドワイドスポンサー・P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)の新CM発表会が行われ、キャンペーンアンバサダーを務める卓球・石川佳純選手やスポーツキャスター・松岡修造さんらが出席しました。

画像1: 石川佳純選手と二人三脚 コーチと母=久美さんの想い

母の日でもあるこの日、石川選手の母・久美さんは、石川選手から感謝の気持ちを伝えられましたが、ご存知の通り、コーチでもある久美さんと石川選手はすでにただの親子関係にありません。 「コーチの顔と母親の顔は区別するようにしていました」とこれまでの歩みを振り返った久美さんですが、その難しさは親であれば誰しも想像が付くもの。レポート最終回では、そんな母の想いと意思の強さを感じさせた久美さんの言葉をお伝えしたいと思います。

画像2: 石川佳純選手と二人三脚 コーチと母=久美さんの想い

2012年、石川選手がロンドン五輪でメダルを獲得した際、久美さんはどのような思いを抱いたのでしょうか。

「自分が母親でありながらコーチっていうのもあるので、いつも厳しい目で“ここをもっとこうした方がいい”とか。励ますというよりも“もっとこうした方がいい”ってことを言ってたんですけど、初めてメダルを見せられた時は“すごい、頑張ったね”って。初めて褒めました」

松岡さんから当時の思いを訊かれ、こう語った久美さん。10年以上に渡って娘と二人三脚でやってきて、一つの成果であり節目と言える「五輪のメダル獲得」を達成しますが、その瞬間だけは、これまで区別してきたコーチと母それぞれの想いが久美さんの中で交錯したようです。

また、石川選手が「練習場が遠かったので、家に卓球場を作ってもらった。まだ全国大会に出れるかなくらいの時でしたし、こんなに本気で応援してくれているんだって」と語っている通り、娘が小さい頃から本気で応援し、コーチとしては厳しく接してきたであろう久美さん。母として優しい声をかけ、甘やかしたい時もあったはずですが、自分を律し続けてきたことが現在の石川選手の成長に繋がっているわけですから、その絶え間ない努力や葛藤は、まさに知られざる母の戦いとも言えるのではないでしょうか。

画像3: 石川佳純選手と二人三脚 コーチと母=久美さんの想い

その最後、松岡さんから「東京(五輪)も含め、ずっとこれからもタッグ組んで戦っていくわけじゃないですか」と話を振られた石川選手も「ロンドンから4年経って成長した姿を見せたいですし、19歳の時よりも自分自身も自立できているのかなと思います。思った以上に頑張るなって思ってもらえるような頑張りをしたい」と意気込み、久美さんもまた「結果も必要なんですけど、母としてはそこまでに向かう、チャレンジしている姿を見せて貰いたい」と語ってくれました。

画像4: 石川佳純選手と二人三脚 コーチと母=久美さんの想い

<完>

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