井手口純さんが語る「プロになった特権」

画像: 井手口純さんが語る「プロになった特権」

さて、残念ながらこのコラムも今回を持って一度休止ということになりました。これまでご愛読いただきまして、本当にありがとうございました。そこで今回は井手口純さんに、プロサッカー選手になって辛かったこと、よかったことをお聞きして締めとさせていただきます。

「将来に対してすごく不安でした。高校卒業してプロになり、クラブは3年は面倒を見ると言ってくれていたのですが、当時は複数年契約がなく、単年度契約なので本当に大丈夫だろうかと心配していました」

「特に日本代表の先輩選手が契約を打ちきられたりするのを見ると次は自分じゃないだろうかと思っていましたし、ケガをしても終わりだと考えていました。試合に出て活躍していても次の年の契約がなかったりすると、自分の将来はどうなるんだろうといつも怯えていました」

「契約できなかったとき、これまでサッカーしかやっていなかった自分に何が出来るだろうか。想像も出来ないんです。それが余計に苦しさを増していました」

「それに9年のプロ生活で6クラブを渡り歩いたので、生活に対してなかなか腰を据えて取り組めませんでした。結婚も遠のきましたし、引越し貧乏にもなりました」

「毎年、今年こそ転職しなければいけないんじゃないかという思いを持ち続けるのは、精神的にタフな状態です。どんなに活躍したと思っていて、指導陣がそう評価してくれていても、チームの監督や強化部長が変わってしまうだけですべてが変わります。だから気が抜けないのです」

「と、辛い話ばかりだと、読んでいる人の希望を奪ってしまいますね(汗)。でも、そんな辛い思いをしてもプロになった後の喜びは何物にも変えがたいものでした」

「この連載でも書き残してもらいましたが、初出場(連載第31回)、初先発、そして初ゴール(連載第33回)、それから1ゴール2アシストの失敗をした試合(連載第34回)――。すべてがさっきのことのように鮮やかに頭の中で再現されます」

「それから、2002年日韓ワールドカップの前に、カヌのいるナイジェリアや、アルバロ・レコバがいたウルグアイと練習試合ができたのもいい思い出です」

「結局、サッカーが好きで好きでたまらないんです。それがプロになれたということだけでも、最高だったのかもしれません」

「今、プロ選手を目指している子どもたちに言いたいですね。プロになると『天国も地獄も見られる』よって。活躍できれば天国ですし、そうでなければ地獄です。でも、そんな緊張感のある生活を送れることが、プロとしての特権ではないでしょうか」

「まだまだ話は尽きませんが、そろそろ一休みとさせていただきます。これまで本当にありがとうございました。また次の機会にお目にかかれる日を楽しみにしています」(文=森雅史)

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