少し幸せなJリーガーの引退後はどんな暮らし?

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「とっても幸せ」なJリーガーの人生はどういうものでしょうか。

クラブに入ってすぐにレギュラーを確保し、日本代表に選ばれ、そのまま最初のクラブに在籍し続け、引退するとすぐにトップチームのコーチに就任する。S級ライセンスを取得した後、監督となってタイトルを獲り、そのまま長年指揮を執るけれども、さらに仕事の幅を広げるためにGMになる。そしてビジネススキルを磨き、ついにはクラブの社長となって経営手腕を発揮する――。

しかし、このコースを歩いた選手はまだいません。それどころか、引退したクラブでそのままコーチに就任するという道すら狭き門です。運良くジュニアユース、ユースのコーチに就任し、そのままトップのコーチの座に近づいたとしても、監督が外部から自分の腹心を連れてきて席が空かないということもあります。

では、「ちょっとだけ幸せ」なJリーガーは引退した後にどんな生活をしているのでしょう。

具体的な例として井手口純氏に登場してもらいましょう。井手口氏は1979年生まれの36歳。高校を卒業した1998年、横浜マリノスでプロ生活をスタートし、2006年、徳島ヴォルティスでユニフォームに別れを告げました。9年間のプロ生活で、横浜M(F・マリノス)、コンサドーレ札幌、湘南ベルマーレ、サンフレッチェ広島、サガン鳥栖、徳島ヴォルティスと6つのクラブを渡り歩きました。

なぜ、井手口氏が「ちょっとだけ幸せ」なのか。それはまず引退した年齢になります。Jリーガーが登録抹消、つまりJリーガーでなくなる平均年齢は約25歳(※)。ということは、27歳で引退した井手口氏は平均年齢よりも上までプレーできたことになります。

※公益社団法人日本プロサッカーリーグ調べによる

そして渡り歩いたクラブの多さもその後の生活のためになります。引退するまでに経験したチームが多いほど、いろいろなクラブの人事の情報が手に入るのです。

ですが、そんな井手口氏でも、さっとコーチの役職が用意されるほどポストは豊富にありません。ですが、井手口氏には現役時代に養った、ある「要素」がありました。

「現役を終えた後、一番役立ったサッカーの能力は“コーチング”でした」と井手口氏は言います。試合中、周りの選手に指示や情報を伝える“コーチング”が、コミュニケーション能力として社会生活に役立ったのです。

「それに、いろいろな知り合いが多かったのもよかったと思います。現役時代に先輩たちに連れて行ってもらって新しい人たちに出会っていたので、サッカーとは別の世界も知っていました」。

その力を活かして井手口氏は民間のサッカースクールで幼児の指導をスタート。現在は前園真聖氏がテクニカルディレクターを務めるZONOサッカースクールのスクールマスターになりました。そしてその指導力の高さを買われ、現在は「JFAこころのプロジェクト」推進室スペシャルスタッフとして全国を回り、自分の体験を伝える仕事もしています。

Jクラブではないものの、サッカーを仕事として続けることができる。それは多くのサッカー選手の、本当の夢なのかもしれません。

この連載では、この「ちょっとだけ幸せ」な井手口氏が、サッカー選手のリアルな生活や習慣、舞台の裏側などを紹介していきたいと思います。どうかお楽しみに。(文=森雅史)

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