2015年ゆるすぽドラフト2位に指名した、生粋の東京ヴェルディ・サポーター、“全力さん”。前回は、Jリーグブームが去ってから10年以上たった2007年、東京ヴェルディの試合にふらっと行ったというお話まで伺いました。(前回記事はこちら→)

さて、その後いったいどうやって、全力で応援するスタイルにたどり着いたのでしょうか? 今回はその辺りからお話を進めていきたいと思います。

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危機感と使命感を抱いた“全力さん”

ヴェルディ観戦初年度の2007年、“全力さん”はバックスタンドとゴール裏の端っこの方を行ったり来たりしながら、「観戦」の立場で見ていました。当時J2にいたヴェルディは見事にJ1昇格を果たし、2008年はゴール裏で「応援」を始めようと思い、あるサポーターグループに混ぜてもらいました。ところがクラブは、残念ながら1年でJ2へと逆戻り。“全力さん”は、その1年を振り返りながら、オフシーズンにこう考えたといいます。

「振り返ってみると2008年は、必死さがまだまだ足りなかったですね。J2に降格してしまったこともありましたし、2009年は開幕戦からもっとしっかり『応援』しようと決めました」

ところがいざ開幕してみると、思いもよらなかった事態が起こりました。

「僕が2008年に混ぜてもらったサポーターグループには10人くらいの人がいたんですけど、J2に降格したことで、誰も来なくなってしまったんです。それがすごくショックでしたね」

ホーム開幕戦こそ9,400人近くの観客数だったが、その次のホームゲームではなんとたったの約3,800人。J1だった2008年の平均観客数が約15,000人だったことを考えると、大幅に減ってしまいました。またチームの成績も、開幕から低空飛行が続いていたのです。

「本当にすごい危機感を抱きましたね。自分一人だけでも、頑張らなくちゃいけないと思いました」

“全力さん”は、他の人がそうだったように、チームがJ2に降格したことで応援に行くのをやめようとは思わなかったのでしょうか?

「そんな風には全く思わなかったですね。チームが好きだったので、J1とかJ2とかのカテゴリーは関係なかったです。責任感というか、使命感というか、そういった気持ちもありました」

サポーターの輪を広げていく“全力さん”

それからの“全力さん”は、ヴェルディの応援にいっぱい人が来て、チームも強くなるためには、どうすればいいのか考えるようになりました。そこでまず、スタジアムに来た人に一生懸命「応援」してもらうための行動を始めました。

一般的にサッカーの試合では、ゴール裏が「応援」する席、メインスタンドやバックスタンドが座ってゆっくり「観戦」する席といったように分けられています。ヴェルディでもゴール裏の真ん中の方の席は、大きな声を出しながら飛び跳ねるなど、一生懸命「応援」する人たちが集まっています。一方、ゴール裏でも端っこの方に来ている人たちは、立っている人もいれば座っている人もいたり、声はあまり出さずに手拍子だけしている人もいたり、割とのんびり見ている人が多いそうです。そこで“全力さん”は、ゴール裏の真ん中の方の席と、端っこにいる人たちがいる席の、中間点で「応援」することにしたそうです。

「『応援』する人を増やすためには、端っこにいる人たちも巻き込んでいく必要があるなと考えたんです。そうであれば、自分が真ん中の方に行くよりも、その中間点で『応援』した方が、端っこの人たちも『応援』しやすくなるかなと思ったんです」

確かにヴェルディに限った話ではなく、激しく「応援」している人たちがいるゴール裏の真ん中の方には、そこに友達がいないとなかなか一人では行きにくい雰囲気はあるかもしれません。だからといって、周りがみんなおとなしく見ている端っこの方の席で、一人だけ一生懸命「応援」するのも少し恥ずかしかったり、気が引けたりもします。“全力さん”は、その中間点に行くことで“懸け橋”のようになれないかと考えたのです。

「少しずつですが、輪が広がっていきましたね。ゴールデンウイークにアウェー戦で遠征に行った時のことです。同じく遠征に来ていた人と話すようになって、試合後、『じゃあ次はホームの試合で会いましょうね』と言って別れたんです。それで本当に次の試合でも会って、それからその人とはずっと一緒に応援しています。これで2人目。

その数試合後に、国立競技場で雨が降った試合があったんですよ。荷物が雨に濡れないように入れておくビニール袋を持っていき忘れて困っていたら、ある人が『これ、あげるよ』と声を掛けてくれて。それが3人目。

また夏のすごく暑い日に、コーラをくれた人がいたんです。『いつも頑張っているね』と。それが4人目。皆さん、それまで一人でスタジアムに来ていた人たちだったんです。

その後も人が増えていって、秋には5人以上になっていました。この時点ではまだ、『一緒に応援しましょう』と言っていただけでした。ですが、その後もどんどん人が増えていったこともあって、じゃあちゃんとグループを作ろうかなと思い、『加納組』を作ることにしたんです。それが、2012年のことでした」

こうして“全力さん”は、ヴェルディ・サポーターの中でも一目置かれる存在になっていきました。「応援」する人たちを増やしていくという活動だけでなく、前編にもあったように、「サポーター体験ゾーン」をつくって「応援」することの楽しさを実際に体験してもらったり、あるいは試合前日・当日の運営の準備や、ポスター貼り、チラシ配り、地域活動のボランティアにも参加しているそうです。それらの活動は、「応援」の範疇にとどまらず、まるでクラブスタッフの一員でもあるように見えます。

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なぜそこまでやるのでしょうか?

「特別な理由なんて無いですよ。試合運営の準備も、ポスターやチラシ、地域活動も、クラブは人が足りなくて困っています。困っているなら助け合おうと。ただそれだけのことですよ。だって、家族みたいなものですから」

出ました。前編に続いて、またしても「家族」という言葉。この言葉には、“全力さん”の信念のようなものが垣間見えてくるような気がします。次回は、そのあたりをもう少し掘り下げて聞いてみましょう。

<つづく>

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