2015年ゆるすぽドラフト2位に指名した、東京ヴェルディ・サポーター全力さんへのインタビューレポート。3回に渡りお送りします。

画像1: 本人提供

本人提供

日本で一番有名なサポーター“全力さん”

「ハマっているとか、趣味とかじゃないんですよ。お客さんとも違いますし…。そう、家族みたいなものなんですよね」

男の名は、“全力さん”(本名:加納さん)。彼は、少し間を置いて、ゆっくりと、しかし力強く、この言葉を紡ぎました。

この“全力さん”、サッカーファンの間ではちょっとした有名人。きっかけは、2014年10月の日本代表戦でした。試合中、応援席で誰よりも声を出し、誰よりも飛び跳ねている姿がテレビ中継で映し出され、「いったい何者だ、あの人は!?」と、インターネットを中心にして話題になったのです。

この日本代表戦の前から、ヴェルディのサポーターや選手の間ではすでに有名だった“全力さん”。ヴェルディの試合にはほとんど応援に駆け付けていて、いつもとにかく全力で応援しているそうです。

本人提供

自身の応援スタイルを「観戦」ではなく「参戦」だという“全力さん”は、あまりの全力ぶりに試合後はまるで、かの名作漫画「あしたのジョー」のラストシーンのように燃え尽きてしまうのがお決まりの光景。前出の日本代表戦の翌日にもヴェルディの試合が控えていたということで、テレビで見ていたヴェルディのGK柴崎貴広選手に、「全力さん、明日大丈夫かな…」とツイッターで心配されていました。

その“全力”で応援する姿に多くのサッカーファンが好感を抱き、今ではヴェルディの応援に行くと、アウェーのサポーターからも一緒に記念撮影をお願いされるそうです。

画像3: 本人提供

本人提供

また“全力さん”は、ただ自分が頑張って応援するだけではなく、ヴェルディのサポーターグループ「加納組」のリーダーも務めています。さらに、「サポーター体験ゾーン」というものを作り、試合前に「一緒に応援しませんか?」と呼び掛けているそうです。そこではユニフォームを貸し出したりなど、一見さんでも気軽に「応援」に交じることができて、「応援」することの楽しさを実際に体験してもらえる場所を作っています。こうして周りを巻き込んでいく活動を続けることで、少しずつ仲間の輪を広げてきました。

画像4: 本人提供

本人提供

冒頭の言葉は、そんな“全力さん”に、「なんでそんなにヴェルディのことを一生懸命応援しているんですか?」と質問した時の答えです。

家族。

どうして“全力さん”は、ヴェルディを「家族」と呼ぶまでになったのでしょうか? これは、私たちゆるすぽが「スポーツのファンを増やしたいプロジェクト」と謳っている以上、放っておくわけにはいかない命題です。というわけで今回は、“全力さん”がどんな人で、どうやって“全力さん”になったのか、ひも解いていきたいと思います。

最初はみんなと同じ“にわか”だった全力さん

“全力さん”がサッカーに興味を持ったのは、2000年のシドニーオリンピックがきっかけだったそうです。高原直泰選手や中田英寿選手を好きになって、日本代表に惹かれていったとか。翌2001年のコンフェデレーションズカップ、そして2002年にはワールドカップが日本で開催されたことで、どんどん日本代表にハマっていったのです。そして記念すべきスタジアムデビューは、2003年8月、国立競技場で行われたナイジェリア戦。その試合で決まった高原選手の2ゴールと遠藤保仁選手の代表初ゴールは、今でも鮮明に覚えているそうです。それから日本代表戦にはちょくちょくと足を運ぶようになりましたが、Jリーグはまだテレビで見ているだけの存在でした。

転機が訪れたのは、2007年。シーズン開幕前のプレシーズンマッチ、東京ヴェルディとFC東京の試合にフラッと行ってみたそうです。

「ちょうどその日、暇だったんですよ。プレシーズンマッチが無料だということをたまたま知って、そういえば昔好きだったなぁと。それでふと行ってみようかなって。行ってみたら、けっこう楽しいなって思って。それでその後も、ちょくちょくとスタジアムに行くようになったんです」

こうして“全力さん”はヴェルディの試合に通い始めました。ですが、そのころは「バックスタンドかゴール裏の端っこの方で、『観戦』の立場で見ていましたね」とのこと。

ここまでの話を聞く限りでは、今のスタイルとは全く違うことが分かる“全力さん”。この後からいったい彼の心境にどんな変化が起きたのでしょうか?

<つづく>

コメントを読む・書く

This article is a sponsored article by
''.