5月22日(日)。熊本地震以降、まだうまかな・よかなスタジアムが使用不可能だったロアッソ熊本は、リーグ戦復帰後初のホームゲームを、柏レイソルのホームスタジアム、日立柏サッカー場で代替開催させていただきました。

私は、そのときのお礼の気持ちを伝えたいという想いに至り、日立柏サッカー場を訪ねました。

お話をしてくださったのは、柏レイソル運営部部長の河原正明さん。レイソルで試合運営を担当していらっしゃり、ロアッソのホームゲーム代替開催でも、ロアッソのスタッフと共に試合運営に携わりました。

画像: ホームゲーム代替開催までの道のり~日立柏サッカー場を訪ねて~/がまだせくまもと!#22

一言で「代替開催」と言っても、サッカー場があれば開催できる、という簡単なものではないはず。私は、そのときのいきさつを河原さんに聞いてみました。

後に前震と呼ばれることになった、最初の大きな揺れが熊本で発生したのは、4月14日(木)のことでした。外出先にて携帯でその情報を目にした河原さん。ロアッソの池谷友良社長や清川浩行監督が元レイソルで旧知の仲ということもあり、とても心配されたそうです。レイソルはACL(アジアチャンピオンズリーグ)の関係でJリーグの試合日程がずれており、15日(金)に大阪で試合を迎えていました。

「僕らはその日、試合が終わって晩ご飯を食べて、宿舎に戻って寝て…、翌朝起きて本震があったことを知りました。そのとき、これは熊本では試合できないだろうな、アウェーの試合にも行けないかもしれないなって思ったんです。

ロアッソは17日(日)に京都で試合をする予定だったので、行けるのかなってみんなで話してたんですけど、やっぱり試合はできなかった。

僕はたまたま京都に用事があったので、大阪の帰りに西京極スタジアム(京都サンガの本拠地)の最寄り駅に行く機会があったんです。そしたら“ロアッソ熊本戦 中止”と書いてあって。

そのときはまだ、自分がロアッソのホームゲームの代替開催をやることになるとは思っていなかったですね。

それからどんどんニュースの報道などで状況を知って、ロアッソの皆さんが車中泊してることなども聞いていましたが、あまりにもひどい状況だということだったので、そもそもいつ試合ができるのかとかも全然わかりませんでした」

かつての戦友ともいえる仲間がいるロアッソを心配しながらも、日々レイソルの仕事に取り組んでいた河原さん。4月下旬に、ロアッソから連絡を受けることになります。5月22日(日)のホームゲームを日立柏サッカー場で代替開催させていただけないかという打診でした。

「確かに、運営面で今から手配をするとなると、調整が間に合うかなと思うところはありました。でも、チームの被害状況は知っていたので、手配が大変だなという思いよりも、それ以上にもっと困ってる人がいるという。自分たちもできることをやらなきゃいけないなとすぐに思いました」

連絡を受けた翌々日にはゴールデンウィークに入ってしまうという状況の中、河原さんたちレイソルのスタッフはたった1日で覚悟を決め、日立柏サッカー場でロアッソのホームゲームを開催するということを決定しました。

試合を開催するにあたっては、例えば道路を通行止めにするなどの許認可申請や、いろいろな使用許可、行政の手続きや近隣住民への説明だったり、さまざまな手配が必要なんだそうです。もちろん人の手配も必要です。例えば大型ビジョンを動かす人であったり、警備員や、飲食売店の人たちなど、試合運営には大勢の方々が関わっています。そのような手配がゴールデンウィークの合間を縫って行われ、7日(土)にはロアッソのスタッフさんたちが柏を訪れ、現場打ち合わせが行われたそうです。

その翌々週の22日(日)にはもう本番――。

実は、代替開催を行った週、レイソルは水曜日にカップ戦、土曜日にリーグ戦と、日立柏サッカー場での自分たちのホームゲームの予定も入っていました。

「水・土・日の開催というスケジュールになったので、『これも挑戦だよね』っていう言葉をうまく使いながらやりました(笑)。困っている人がいたら助けましょうっていう気持ちだけでしたね。あと、僕が個人的に好きな言葉で、『頼まれ事は試され事』だと思っていたので」

河原さんは決して「大変だった」などとはおっしゃいませんでした。でも、当日までかなりのスピード感で物事を進めなければならなかったはず。いよいよ迎えたその週末、日立柏サッカー場はどんな様子だったのでしょうか。 <続く>

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