5月22日(日)に、ロアッソ熊本のホームゲームを代替開催させてくださった、柏レイソルさん。レイソルの試合運営担当 河原正明さんは、ロアッソからその打診を受け、たった1日で「やる」という決断をしたそうです。

代替開催日の前日、21日(土)にはレイソルのホームゲームも入っており、新たにもう一つ試合を開催するにはさまざまな手配が必要となるため、覚悟を決めるのはそう簡単ではなかったはず。それでも、河原さんをはじめ社内での意見は一つで、すぐに受け入れを決めて試合当日まで真っすぐに進んでいけたのは、なぜだったのでしょうか。

画像: 「サッカー界に一つ恩返しができた」~柏レイソルの想い~/がまだせくまもと!#24

「実は、今回のように何かで困って試合ができなくて、代替地で試合を開催したというのは、Jリーグでは何度もあるんです。レイソルも、代替地で試合をさせていただいたことが2回ありました。一つは中越沖地震のときのアルビレックス新潟との試合で、そのときは新潟のスタジアムが自衛隊の支援活動拠点として使用されていて試合ができなくて、3カ月後くらいにあらためて国立競技場で試合をしたんです。リーグや新潟さんがいろいろと調整してくださり、試合が開催できました。

そしてもう一つは、2014年のJリーグ最終節。これも新潟との対戦だったんですけど、大雪で試合が中止になったんです。その最終節は、レイソルがACL(アジアチャンピオンズリーグ)出場権を得られる4位以内に入れるかどうかが懸かっている大事な試合でした。困っていた中、手を挙げてくれたのが、鹿島アントラーズだったんです。カシマサッカースタジアムで新潟対柏の試合をやらせていただきました。

その試合でレイソルは1点先制したものの、4位に入るためにはもう1点必要だったんです。アディショナルタイムにその2点目を取ってプレーオフの出場権を得て、結果的にACLに出場することができたという、非常に思い出深い試合となりました。

振り返ってみれば、僕らも何度も助けてもらっている。だから今回は、レイソルが困っている人を助ける番だっていう、単純にそれだけのことだったんです」

5月22日のロアッソの対戦相手だった水戸ホーリーホックさんも、2011年に震災で大きな影響を受け、そのときいろんな方に助けられた想いがあったそうです。ヴィッセル神戸も震災の経験があったから、ロアッソの試合の代替開催地として手を挙げられました。鹿島もベガルタ仙台も、みんなそれぞれ大きい被害にあったことがある。

画像: キックオフ前に黙とうをささげる、水戸ホーリーホックとロアッソの選手たち

キックオフ前に黙とうをささげる、水戸ホーリーホックとロアッソの選手たち

画像: 試合終了後には、水戸の選手たちも一緒にピッチを一周してくれた

試合終了後には、水戸の選手たちも一緒にピッチを一周してくれた

「レイソルだけじゃないんです。僕らだけが特別なことをしたわけではない。ただ、日立柏サッカー場はJリーグで唯一、クラブ自身で所有しているスタジアムです。その点では代替開催しやすかったというのもあるし、自分たちの長所が役に立って貢献できるのであれば、それは喜んでやりましょうという気持ちでした。サッカー界に一つ恩返しができたかな、と思います。

あとはやはり、人の縁も強かった。池谷(友良)社長や清川(浩行)監督をはじめ、ロアッソにはレイソルにゆかりのあるスタッフや選手が何人もいる。そういった縁があって声を掛けていただいたというのもありますし、助けたいという気持ちが強かった」

日立製作所での選手時代から数えると、約24年レイソルでキャリアを積んだ清川監督

ある意味では、レイソルとロアッソは血を分けた兄弟ともいえるのかもしれません。私は、柏レイソルとはどんなクラブなのか、もっと知りたくなりました。そして、レイソルが考える「ホームスタジアム」とはどういったものなのでしょうか。 <続く>

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